天の故郷
聖書の語る未来は、輝くばかりの栄光の世界です。神は新天新地を創造し、都を整えられます。そこが信仰者の天の故郷です。
聖書の終わりには、次のように書かれています。「見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである」(新約聖書:ヨハネの黙示録21章3-4節)。
悲しみ、苦しみの一切ない、永遠の居場所。神の家。こんな故郷にあこがれませんか。聖書はあなたを、神との交わりへ、この故郷へ、究極の「内」へ、招いている本なのです。
聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会
第10回:天の故郷
はじめの質問
- あなたにとって、「家」とはどのようなものでしょうか。
- 完璧な家はどのような家でしょうか。
この学びの1回目を覚えていますか。私たちはまず「主の家」について考えましたね。主の家、つまり神のおられるところが、究極の「内の交わり」がある輪だということでした。最終回となる今回、私たちはぐるっと回って最初に戻ります。聖書は将来、新しくなった地に天が降りて来て、神と人がともに住む日が来ると教えています。この「新天新地」に住むことができるのは、イエスを信じるすべての人です。
今までの各回の学びをできるだけ短くまとめてみましょう。
- 私たちは安全で、完全に受け入れられる居場所を求めています。イエス・キリストは、私たちを究極の居場所である「主の家」(=神の家=父の家)に導くことができます。(家は「うち」とも読めますね。内(家)と外(うちとそと)、これが、この学びのテーマです。)
- 神は3つの位格で永遠に存在し、神の中で完璧な愛の関係(究極の「内の交わり」)をもっています。神はまったく自由に、あふれ出る善良さから、この愛を被造物と分かち合うことを願われます。
- 神は非常に良い世界を創造され、神のかたちとして造られた人間と、被造世界でともに住むことを良しとされました。人は楽園に置かれ、神との「内の交わり」を楽しむことができました。
- 最初の人間は、神の権威の外に出ることを選び、神に反抗しました。その結果、人は楽園の外に追い出されました。
- 神は、「当然の報い」で人を罰する代わりに、恵みの約束を与えました。私たちが神との「内の交わり」に戻れるように、神ご自身が罪と死を滅ぼすことを約束されたのです。
- 時が満ち、神はこの約束を実現されました。永遠の御子が天でもたれていた「内の交わり」を出て人となり、外の世界に来られたのです。この「人となった神」がイエス・キリストです。
- 罪深い人間はイエスを拒み、聖なる都の外に追い出しました。イエスはそこで十字架にかかり死にましたが、聖書はこれを勝利だと教えています。罪人の代わりに死ぬことで、イエスは私たちに家に帰ってくるように招いています。そしてイエスは、帰ってくる人をもう決して外に追い出さないと約束しています。
- イエスは死に打ち勝ち、よみがえりました。イエスを信じる人には、賜物として聖霊が与えられます。神ご自身が信仰者の内に住み、神の住まわれるところ(宮)にふさわしく造り変えてくださいます。
- イエスを信じる者はともに集まり、集合体としても聖霊の宮となります。これが教会です。教会の中で私たちは「内の交わり」を楽しみ、福音の良い知らせを外の人に伝えます。
神と神の民との「内の交わり」は今も味わえますが、それはまだ「味見」程度です。将来、この交わりは完全にされます。この将来を聖書がどのように描写しているのか見てみましょう。「終わりの日」の素晴らしい幻が、聖書の最後の書巻である『ヨハネの黙示録』に書いてあります。
また私は、新しい天と新しい地を見た。以前の天と以前の地は過ぎ去り、もはや海1もない。私はまた、聖なる都、新しいエルサレム2が、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとから、天から降って来るのを見た。私はまた、大きな声が御座から出て、こう言うのを聞いた。「見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。」
新約聖書・ヨハネの黙示録21章1-4節
- 神が将来、神の民のために新しく創造される究極の「内の交わり」はどのようなものですか。
- 3節に「神の幕屋が人々とともにある」とありますね。この学びで以前、「幕屋」について考えたのを覚えていますか。「神の幕屋が人々とともにある」とはどのような意味でしょうか。
- あなたにとって、この幻で特に魅力的なのは何でしょうか。
聖書は、永遠に続く究極の「内の交わり」の外にとどめ置かれる人がいることも教えています。上の聖書箇所は、次のように続きます。
すると、御座に座っておられる方が言われた。「見よ、わたしはすべてを新しくする。」また言われた。「書き記せ。これらのことばは真実であり、信頼できる。」また私に言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガ3である。初めであり、終わりである。わたしは渇く者に、いのちの水の泉からただで飲ませる。勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。しかし、臆病な者、不信仰な者、忌まわしい者、人を殺す者、淫らなことを行う者、魔術を行う者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者たちが受ける分は、火と硫黄の燃える池の中にある。これが第二の死である。」
新約聖書・ヨハネの黙示録21章5-8節
ここで誤解をしてはいけないのが、「良い人」が「内の交わり」に迎え入れられ、「悪い人」が「内の交わり」の外にとどめ置かれるわけではないということです。聖書によれば、私たちはみな罪人です。この箇所で「勝利を得る」と言われている人は、イエスを救い主として信じ、最後までイエスに信頼し続ける人です。イエスだけが私たちの希望であり、私たちを神との「内の交わり」に導くことのできる唯一の道です。
おわりの質問
- 聖書は、イエスを信じる人の国籍は天にあると教えています(新約聖書・ピリピ人への手紙3章20節)。信仰者の帰る家、真の故郷は、地上ではなく、天にあるのです。あなたもそこに行きたいですか。
- 神の家の門があなたに開かれるただひとつの条件は、イエスを信じて、罪を悔い改めることです。あなたもそうしませんか。
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脚注
「海」は、地上での神への反抗を象徴しています。このシリーズで言うところの「外」です。
「聖なる都、新しいエルサレム」は全教会、あるいは、イエスを信じている神の民全体を象徴しています。ここでは今現在も、「内の交わり」を味見できます。
アルファとオメガはギリシャ語のアルファベットの最初と最後の文字です。新約聖書はもともとギリシャ語で書かれました。
聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会
冊子説明動画⑩天の故郷
この動画では冊子10ページ目の内容を掘り下げ、聖書の教える新天新地について考えます。都に行く人の着ている白い衣や、天の故郷へ続く道についてお話します。