聖霊
幸いなことに、イエスは死んで終わりではありませんでした。罪と悪に打ち勝ったイエスは、3日後によみがえったのです!死に勝利して父なる神のもとに戻ったイエスは、今度は自分を信じる人に聖霊なる神を遣わしました。
信仰者の内には、聖霊なる神によって三位一体の神が住まわれます。信仰者は「神の宮」となるのです。
神は私たちの罪深い内面まですべて知った上で、私たちを受け入れられます。受け入れるために、十字架で死んでさえくださいました。神は私たちを絶対に外に追い出しません。永遠に私たちを傷つけたり裏切ったりしません。神は、私たちの内に住んで、ずっと愛して、ずっと導いて、ずっと守ってくださるのです。これが、人が心の奥底で知っている理想の関係です。イエスを信じることによってこの関係が手に入ると、聖書は伝えているのです。
では、神との「内の交わり」を回復した人は、その後どのように生きるべきなのでしょうか。
第8回:聖霊
はじめの質問
- 今日の世界で、善を推し進める上でいちばん大きな力となっているのは何でしょうか。
神の御子イエス・キリストは、聖なる都エルサレムの外に追い出され、罪深い人間の手により処刑されました。聖書によれば、イエスを十字架につけ、死に至らしめたのは私たちの罪です。同時に、イエスは自ら進んで十字架の恥を忍ばれ、罪の犠牲となって死なれました。それは父なる神との「内の交わり」に、人を戻すためでした。これは神のあふれ出る愛の成したわざでした。
イエスは神の力により、十字架での死から3日後に、肉体をもってよみがえったと聖書は教えています。いのちの主であるイエスが「死につながれていることなど、あり得なかったからです」(新約聖書・使徒の働き2章24節)。本当に、イエスは自らの死をもって、死に打ち勝ったのです。
キリストは死を滅ぼし、福音によっていのちと不滅を明らかに示されたのです。
新約聖書・テモテへの手紙第二1章10節
福音のもとの意味は偉大な勝利の宣言でしたね。よみがえったイエスとイエスの弟子たちは、イエスを信じれば罪がすべて赦されること、神との「内の交わり」が回復されることを宣べ伝えました。イエスを通して、私たちは神のおられるところ(神の家)に帰ることができるのです。私たち人間は、「内の交わり」とも「家の交わり」とも呼べる関係を持って生きるようにと、もともと造られていたわけですから、これはとても良い知らせです。アダムとエバ以降「外」で生きてきた人間に、「運命の逆転」が起きたのです!
- イエスが死につながれていることなどあり得なかったのはなぜでしょうか。
- イエスが死に「打ち勝った」とか、死を「滅ぼした」というのは、どういう意味でしょうか。
罪が赦され、父なる神との「内の交わり」に戻れるのは素晴らしいことです。でももっと素晴らしいのは、イエスを信じた人の内に聖霊によって神ご自身が住んでくださるという約束です。聖霊は、父なる神、子なる神と同様に神の位格です。父、子、聖霊でおひとりの神(三位一体)なのでしたね。イエスが生前、弟子たちに聖霊の賜物を約束したところを聖書で読んでみましょう。
もしわたしを愛しているなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。そしてわたしが父にお願いすると、父はもう一人の助け主をお与えくださり、その助け主がいつまでも、あなたがたとともにいるようにしてくださいます。この方は真理の御霊です。世はこの方を見ることも知ることもないので、受け入れることができません。あなたがたは、この方を知っています。この方はあなたがたとともにおられ、また、あなたがたのうちにおられるようになるのです。
新約聖書・ヨハネの福音書14章15-17節
- 人はどうしてイエスを「愛する」ようになるでしょうか。
- この箇所から聖霊について何を知ることができますか。また、聖霊は何をしますか。(聖霊が「この方」と呼ばれていることに注意してください。)
- どうして「世」は聖霊の賜物を受け入れることができないのでしょうか。
創世記を読んだときに、被造世界全体が神の家、あるいは神の宮であると学んだのを覚えていますか。神は時間にも空間にも縛られないお方ですが、被造世界に住むことを良しとされます。神のかたちである人間は、被造世界の縮図のようなものであり、神ご自身が内に住まわれる「内の交わり」が可能です。この交わりは人の罪によって壊され、人は神から離されて、交わりの外に出なければならなくなりました。この状況にイエスが来て、自分が外に追い出されることにより、内の交わりを回復してくれました。これが福音です。今や神はご自分の民の内に住まわれ、ずっと一緒にいてくださるのです。驚くべきことに、信仰者一人ひとりが、神の家(宮)になっているということです!次の聖書のことばは、クリスチャンに宛てて書かれたものです。
あなたがたは知らないのですか。あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分自身のものではありません。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから、自分のからだをもって神の栄光を現しなさい。
新約聖書・コリント人への手紙第一6章19-20節
- 神の霊が信仰者の内に住んでいることとその人の生き方は、どのように関わってくるでしょうか。
- 「聖霊の宮となる」ことについて、どう思いますか。(魅力的/こわい/力をくれそう/嫌だ……など)
恐らく、聖霊が信仰者の内に住まわれて最も素晴らしいのは、信仰者に「自分は神に愛されている子どもなのだ」、「しもべや奴隷としてでなく、子どもとして、そして相続人として、神の家に歓迎されているのだ」、という確信が与えられることでしょう。
あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは「アバ1、父」と叫びます。御霊ご自身が、私たちの霊とともに、私たちが神の子どもであることを証ししてくださいます。子どもであるなら、相続人でもあります。私たちはキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているのですから、神の相続人であり、キリストとともに共同相続人なのです。
新約聖書・ローマ人への手紙8章15-17節
- 神の子どもとされることは、「単に」罪を赦されるよりも、どのように「さらに」素晴らしいでしょうか。
おわりの質問
- あなたの内に神の霊が住んでくださったら良いと思いますか。イエスを通してこの賜物を受けたいですか。
- イエスがあなたのためにしてくださったこと(福音の宣言していること)に対する、あなたの応答は何でしょうか。
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脚注
アバは、アラム語で親しみを込めて父親を呼ぶ言葉です。
聖書 新改訳2017©新日本聖書刊行会
冊子説明動画⑧聖霊
この動画では冊子8ページ目の内容を掘り下げます。また、『myうちそとバイブルスタディ』8回目の「はじめの質問」で出てくる、「善を推し進める力」について短く解説します。